2013年10月15日

アイヌの文化にふれて・・・平取編その3

私の住んでいる札幌の手稲(ていね)は、アイヌ語で『タンネウェンシリ=長い断崖』という意味だそうです。
札幌も「サッ・ポロ」sat-poro(乾いた大きい)という意味の説が有力だとか。




さらに、北海道には読み方のわかりにくい町の名前もいっぱいあるっしょ、たとえば
倶知安(くっちゃん)「くだの(ようなところ)を・流れ出る・ところ」とか、
愛冠(あいかっぷ)アイカップ・ピラ「矢の届かぬ崖」など、地名や山・川の名前には、アイヌ語が多く使われています。
北海道ウタリ協会によると、『アイヌ民族は、おおよそ17世紀から19世紀において東北地方北部から北海道(蝦夷ヶ島)、サハリン(樺太)、千島列島に及ぶ広い範囲をアイヌモシリ(人間の住む大地)として先住していました。』とありました。




平取の『二部谷アイヌ文化博物館』に立ち寄ったので、ちょっと見学してみませんか。

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これは昔、アイヌの人たちが履いていた鮭の皮で作った靴だそうです。
左下にあるのは、動物の膀胱で作った水筒です。

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これは手の甲を覆っていたものです。
アイヌ刺繍はとても精密で、奇麗な模様をしていますね。
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1本の丸太を削って作った船。
穂先に付いているフサフサしたものはイナウと言って、神様への伝言や捧げものをするときなどに使った神具です。
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アイヌの言葉
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さて今度は、道路を渡ってすぐ傍にある『萱野茂二風谷アイヌ資料館』に行ってみます。
屋根の先に付いているのは熊のモニュメント。 帰宅してから旦那さんに言われて気づきました。見ればいかった、いたましかった〜(もったいなかった)。
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萱野茂(かやの しげる)さんは、日本のアイヌ文化研究者(学術博士)で、ご自身もアイヌ民族でアイヌ初の国会議員でした。

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入り口に、萱野茂さんの家系図が貼ってありました。
4代も前のご先祖の名前もわかっているのですね。
アイヌ民族は文字を待たなかったと聞いた事があるので、受付の女性に訪ねてみました。




「そうです。アイヌはみんな口伝えで残していたんですよ」
系図に指を差して、「本人(萱野茂さん)は、祖母の『てかって』さんがアイヌ語しか話せなかったことで、アイヌ語も日本語も両方話す事ができたんです」
そうなんですか。
さらに続けて
「この図では、男女の区別がわかるように、男性はカタカナで、女性はひらがなで書いてあります。系図の上の方を見ると、昔は名字がありませんでした。それから、アイヌ語の名前と和名の名前、ふたつ持っていた時期もありました」
ほんとうだ。
アイヌの歴史をちょっとかいま見た思いがしました。



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それにしてもここは、普通のお宅の敷地のような感じです。
「はい、自宅はそこですから」
ということはもしやのこ家系図のどこかに・・・
彼女は家系図に指を差して
「ココです 今の館長の妻 ホホ」
!!!!ま、まあ・・・
大変勉強になりました。ありがとうございました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




以前に撮影した写真があったのでup。
白老のポロトコタン 2006.7
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白老のアイヌ民族に伝わる伝統的な踊りで、丹頂鶴を表しているそうです。
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熊の霊を送る儀式イヨマンテ。
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昔のアイヌの人の食事を再現したもの。あっさり塩味でした。



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阿寒にて 2010.7
ムックリという楽器を弾いています。
口に加えて、弦をはじきます。
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今日は、すんごく長く書いてしまいました。最高新記録?!
生き物は神様からの贈り物、道具にも命が宿ると考えて、すべてのもに感謝しながら生きたというアイヌの人たち。
機会があれば、ぜひ触れてみて下さい。
最後までお付き合い頂いてありがとうございました。
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平取の記事
まずは牛と馬とトトロがお出迎え・・平取、二部谷その1

富内線の跡は振内鉄道記念公園 平取その2

義経とアイヌの伝説・・・平取編その4

くろべこ は平取牛のレストラン・・平取編その5


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posted by ぽぷら at 23:03| Comment(8) | 平取町編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
20代に阿寒湖に初めて行った時にアイヌコタンにでアイヌの方々の踊りを拝見しました。独特の世界で思わずひきこまれました。昔は和人とアイヌの間でつらい差別みたいな事もあったようですね。24歳の時に両親と弟と4人で道東をまわりました。阿寒湖に泊まった事を思い出しました。
Posted by へろへろ at 2013年10月15日 23:39
昔 行ったことがあります
平取も白老も博物館 一回こっきりなんですけどね 汗

水筒が 動物の膀胱とは?すごい!
刺繍やパッチワークでしょうか?上のもの・・・
素晴らしいですよね 自然と ほんと一体化している気が?

たまーにですが 刺繍したバンダナをつけている男性など見ると
自分のルーツに誇りを感じているのだろうと思うのです

昔 母は近所に住んでいたアイヌの人に良く可愛がられたと言っていました 子供心に?見た目が少しこわかったらしいのですが心の中は優しい人ばかりだったと言っていました
Posted by すみれ at 2013年10月16日 08:42
はじめまして!

アイヌ文化の素晴らしい記事に感動いたしました。
小生の幼い頃、近所にアイヌのご家族が住んでおられました。
まつ毛の長い、それはそれは美しい女の子と三人家族。
おじさん、おばさんは心の温かい方でした。
忘れられない思い出です。
Posted by mitinaga at 2013年10月16日 12:54
へろへろさんへ

そうですか!
それじゃあ、私が見たアイヌの踊りと同じかもしれませんね。
歴史では、アイヌの人達は、本当に大変な差別を受けていたと思われます。
和人と接触する事で、アイヌの人にはなかった病気にもなったそうです。
Posted by ぽぷら at 2013年10月17日 01:08
すにれさんへ
資料館を見て感じるのは、本当に、自然を大事にしていたという事、それから器用さでした。
とても賢くて、自然と一体化していました。
私達が学ぶ事が多いように思いました。
Posted by ぽぷら at 2013年10月17日 01:11
みちなが さんへ

はじめまして。コメント下さり有り難うございます。嬉しいです。
アイヌの方達が近くに住んでいらしたんですね。
年月が過ぎた今でもきっと、美しい瞳をなさっているのでしょうね。

私の母も、石狩の生振(おやふる)というに叔父がいたので、よく遊びに行ったそうですが、そこにいたアイヌの方の船さばきがとても上手で感心したと言う話しをよく聞きました。

これからも、時々お寄り下されば幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
Posted by ぽぷら at 2013年10月17日 01:22
おはようございます。

昨日は失礼いたしました。
パソコンを始めてまだ日が浅い小生。
これからも訪問させていただきます。
ウイットに富んだ素晴らしい方の
ブログに出会い、幸運です!
文章から垣間見えるお人柄の良さ、
道産子の誇りのように思えます。

今後ともよろしくお願い致します。
Posted by みちなが at 2013年10月17日 09:00
みちながさんへ

とんでもありません。
未熟ですのに、ブログに訪問頂きありがとうございます。
こちらこそ宜しくお願いいたします。
Posted by ぽぷら at 2013年10月17日 21:37
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